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大阪高等裁判所 平成5年(ネ)1778号 判決

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人らは各自控訴人に対し、二五万円及びこれに対する平成四年九月一日から支払済みまで年五分の割合による金額を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審とも、二分の一を被控訴人らの負担とし、その余を控訴人の負担とする。

三  この判決第一項中の金銭支払命令部分は仮に執行することができる。

理由

一  被控訴人(株)サプライに過失があることは、原判決一一頁の「一1」の項で示されているとおりである。

二  被控訴人ぴあ(株)の不法行為責任の有無を判断する。

本件広告(原判決四頁末行)は、関西版「ぴあ」の平成四年三月一二日号(以下「本誌本号」と略称する)の三五七頁に掲載されている。

《証拠略》によれば、関西版「ぴあ」は、関西地区のコンサート、演劇、演芸、映画、美術などの公演予定や前売り情報を、日付順、劇場別、人気順などに整理して多角的に紹介し、二週間のテレビ番組やFM放送番組も掲載しており、関西地区のいわゆるエンターテインメントの総合情報誌ないし二週間単位の文化情報総合誌として編集されているものであることが明らかである。掲載されている情報には、関西のレストランやケーキ屋などの街中の店の紹介も含まれている。

本誌本号には、歯磨き剤や煙草、電話機などの商品の広告、あるいはレンタル電話などの全国規模のサービスの広告など、頁全体が製造業者やサービス業者自身の広告と一見して読者に判明する極くわずかな頁を除けば、全頁を通じて関西地区のエンターテインメントなどの文化情報が掲載されている。

そして、その体裁は、カラー印刷頁と白黒印刷頁とが混在しているものであつて、明らかに広告と判明する頁も、その内容を理解してみて初めて読者が判断できるものであり、レイアウトや広告である旨などの表示によつて広告であることが判明する体裁とはなつていない。今日、新聞の全国紙でよく採用されているような、広告頁であることを示す欄外表示はないのである。また、広告頁であることが容易に判明する頁は、特定の箇所にまとまつて配置されているわけでもない。

本件広告は、被控訴人ぴあ(株)が企画したものではなく、被控訴人(株)サプライが広告主との契約によつて独自に企画、制作して、雑誌発行人の被控訴人ぴあ(株)からその広告欄を有償で取得して掲載させたものであることは、弁論の全趣旨から明らかである。しかしながらこの点については、三五七頁の本件広告掲載頁の右上に、小活字で「企画・制作(株)サプライ」と表示されているものの、右にみたように広告頁であることの表示はない。見開きの右頁に当たる三五六頁が、その掲載内容からみてレンタル携帯電話の広告頁であることが明らかに判明するのと対照的に、三五七頁の本件広告掲載頁は、本件広告が若者志向の飲食店となつているのに代表されるように、サービス業の広告で占められており(飲食業が二件、英会話クラブ類が二件、ミュージックスクールが一件)、そのうち特に、最下段のミュージックスクール「STAGE21」の生徒募集広告の部分を除き、本件広告を含む他四件の広告の掲載は、本誌本号の本文記事の体裁と区別がつきにくい体裁となつていることと相まつて、関西版「ぴあ」の編集者自らの作成に係る記事なのか、広告なのかが区別されにくいものとなつている。「企画・制作」の表示についてみても、一般的にみて、関西版「ぴあ」の編集者からの依頼に基づくものとも理解できるのであり、その編集責任の所在は、本件広告の掲載頁の体裁、内容自体からは容易に判明し得ないものとなつている。

関西版「ぴあ」の発行部数は証拠上明らかではないが、大量部数を誇つている雑誌であることは公知の事実である(《証拠略》によると、一五万部から二〇万部という)。しかも、その内容についてみれば、不動産売買の勧誘、融資の勧誘の広告が含まれていないことに表れているように、娯楽、飲食など日常の消費に類するもので、そこで紹介されるべき重要なものは、値段、店の位置・地図、サービス内容など誤解されることの少ない客観的な情報である。その一つに店の電話番号があることはいうまでもない。サービス業の電話番号の正確性が重要な意味を持つものであることの反面として、その電話番号の誤記が、掲載された当該番号先に重大な影響をもたらすことになるのは、自明の理である。まして、本件広告に掲載されたパーティー・スペース・ノイズの営業は、午後六時から午前五時までの深夜におけるもので年中無休というのであるから、誤記された電話番号が一般住宅におけるものの場合の影響は一層重大なものとなる。

サービス業の電話番号が公開されていることは、その電話番号が顧客との重要な連絡手段であることからして当然のことである。そして、今日では種々の方法によるNTTへの照会などの手段で、容易に判明する。例えば、通信技術の進歩により、コンピューター通信による電話番号照会は、公開されているものである限り、極めて容易となつている。前記のような情報誌である関西版「ぴあ」の発行元の被控訴人ぴあ(株)としても、このような手段による電話番号の確認は一挙手一投足の問題にすぎない。もとより、出版社自らの手でこのような確認をしなくとも、広告掲載業者に入念な確認手続をとるよう厳重に注意を促すことも、出版社の注意義務履行手段の一つであろう。

一般に、大量発行部数の雑誌の出版社としては、その広告を掲載する雑誌を発行する際において、記事及び広告における影響力に応じ、その掲載態様及び内容に対応する調査をすべき注意義務を負担しているものというべきであるが(新聞広告についての新聞社の義務として、最三小判平成元年九月一九日・最高裁判所裁判集民事一五七号六〇一頁参照)、本件広告掲載頁の前記のような態様及びその内容に照らしてみると、本件広告の電話番号の正確性については、出版社の被控訴人ぴあ(株)としても、本文記事に準ずるものとして、自ら電話番号を確認し、又は広告掲載業者に対して厳重に注意を促すなどの細心の注意義務を払う義務があつたというべきである。仮に電話番号の正確性を確認する義務がないというのならば、明らかに広告頁と判明するような体裁の広告でなければ掲載を認めないとの対応をとらなければならないというべきである。

しかるに、出版社である被控訴人ぴあ(株)が、本件広告を本誌本号に掲載するに当たり、パーティー・スペース・ノイズの電話番号を確認したことはもとより、広告業者の被控訴人(株)サプライに対して電話番号確認の注意を厳重に促すなどの注意義務を履行したことの主張立証はない。被控訴人ぴあ(株)は、右注意義務を怠つたのみならず、最下段を除く本件広告の掲載頁の体裁を他の一般記事と区別がつかない態様とさせたままに漫然と広告掲載を承諾したものというべきである。この点で、被控訴人ぴあ(株)の過失責任は免れず、同被控訴人は、これによつて被つた控訴人の損害を賠償すべき義務がある。

三  控訴人の損害を判断する。

被告の態様(原判決にいう争点2)についての当裁判所の認定判断も、原判決と同様である(原判決一四頁以下の二の項)。

そして、控訴人の休業損害を認めることができないこと、控訴人が本件広告の掲載によつて被つた精神的損害の慰謝料額を二〇万円の限度で認めるべきことは、原判決一八頁一行目から一九頁五行目までに示されているとおりである。ただし、当審で新たな書証が提出された関係で、一八頁三行目の「休業の日数や」から同四行目の「この点を措いたとしても、」までを削る。

《証拠略》によれば、控訴人が被控訴人らとの交渉を依頼した山中某らの折衝態度に問題があつたこと、右の二〇万円相当の損害賠償額は、本訴提起前既に被控訴人(株)サプライから提示されていたことが認められる。しかし他方で、被控訴人ぴあ(株)は本件責任を当初から争い、被控訴人(株)サプライも、原審の口頭弁論終結後提出した準備書面で、控訴人の損害額を争つているのであるから、被控訴人らの不法行為責任として、本訴提起、追行に伴う弁護士費用の損害賠償責任を免れない。そして、本件における弁護士費用相当額は、認容すべき慰謝料額などの事情を斟酌し、五万円と認めるのが相当である。

四  よつて、控訴人の本訴請求は、被控訴人ら各自に二五万円と遅延損害金(訴状送達の日の翌日からのもの)の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。原判決をこの趣旨で変更することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、九三条を、仮執行宣言につき民訴法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 潮 久郎 裁判官 山崎 杲 裁判官 塩月秀平)

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